人生の岐路をテーマにした「COCOKIROインタビュー」。記念すべき一人目は西村ゆか里さんです。
女性の起業支援を軸に、企業のコンサルティングや教育事業など幅広く活躍されています。
ゆか里さんは、いつお会いしてもエネルギッシュ。「原点は母の教育にあると思う」とゆか里さんは言います。どんなエピソードなのか、3つの岐路にまつわる物語とともにご紹介します。
3つのココキロ
01 親の離婚 Age12
10歳のとき、両親の離婚を機に、母と7個下の妹、10個下の弟と離れて暮らすことになりました。
子どもの頃の話をすると「大変だったでしょ」と言っていただくことが多いのですが、実は私は違う考えを持っています。
家族の形が変わり生活も変化しましたが、家族だけでなく、親戚や地域の方にもたくさん支えていただいたおかげで困ることがあまりなかったなぁと思っているのです。
周囲への感謝がいつもありました。

また当時、離れて暮らす弟は0歳。母は経営者として忙しくしていたこともあり、もう一つの家を行き来して面倒を見ていました。
10歳の育児体験はどうだったの…、実は意外とやっていけたんです(笑)。私の場合、やるしかなかったという部分もありますが、こうした経験が、自立の大切さを感じた一歩になったなと思っています。
COCOKIRO ワード&フレーズ
ゆかりちゃんならできる
これは、ゆかりさんのお母さんがいつもかけていた言葉。全肯定されると、「わたしならできる、やってみよう」と行動が起こせますよね。失敗も成功も関係ない。
どんなときも「あなたならできる」」と言われたら、自己肯定感も高まります。こうした教えは、ゆかりさん自身の子育ての基本となっているようです。
02 昇格と子育ての葛藤 Age29

次男を出産した12年前、アトピー症状が悪化して人と会うのが億劫になり、3年間自宅に引きこもる生活をしていました。
それが、ある化粧品との出合いによって改善していったのです。商品の良さを伝えたいと、販売代理店業をスタートさせました。
どうしたら商品を通じてお役に立てるのか。自分にできることって何だろう・・・・・・。
毎日考えて、思い付いたことを片っ端からやっていく。そんな風に行動していると、いつのまにか拠点地域を統括するマネジャーとなり、全国トップの営業成績をとるところまで駆け上がっていました。
充実していましたが、子育てでは課題も。子どもは本当に愛おしくて。生きる力をもらい、さらに仕事にも熱が入る。義理の母に助けてもらいながら仕事と育児の両立をしていましたが、成績があがるほど忙しくなり、子どもとの関わり方を考えさせられることが多かったです。
COCOKIRO ワード&フレーズ
生涯かけてやりたいことって何だろう?
販売代理店の仕事が忙しく、義理の母に助けてもらいながら子育てと両立していたゆかりさん。トップクラスの成績をおさめていたある日、会議と子どもの運動会が重なってしまった!
その時、この言葉が浮かんだそう。
「考えていたら、子育てをしていても能力を生かして仕事ができる女性が増えたらいいなと思ったのです。この問いかけが、現在の事業の原点となっていますね」
03 教育を通じた「恩送り」 Age35
両親の離婚で生活が変化しても苦労があまりなかったとお話しましたが、そう思えたのは周囲の方に助けられたおかげだとつくづく思っているのですね。
さらには「あなたはできる」といつも励ましてくれた母親の教育が大きい。感謝と教育によって、私は「生きる力」を身に着けました。
次は私の番。恩送りで「生きる力」をつないでいきたい。そのための第一歩が●年にスタートさせた女性の起業支援事業でした。

そして現在、教育を通して次世代に生きる力を伝えるプロジェクトも動き始めています。
それともう一つ。「あなたはできる」と言われて育ち、「自分はできる」と認められたのは、化粧品代理店業での全国トップの実績があるから。自分にできることを考え、行動し結果を出すこと。
生きる力とは自立です。こうした思いも次世代へ届けていきたいと思います。
COCOKIRO ワード&フレーズ
私の人生は幸せに決まっている
幼少期から「あなたはできる」と言われ続け、疑うこともなく幸せな人生を描いていたというゆか里さん。
両親の離婚や、アトピー症状による引きこもり生活と、伺うと大変な時期もあったと思うのですが、「人のやさしさに触れられた機会だった。感謝ししかない」と言います。
幸せになると決めたからこそ、人生との向き合い方も決まったと言えるかもしれません。
西村 ゆか里さんのプロフィール

10数年前に美容業界に飛び込み、入社2年目にして新規契約数で全国1位、代理店養成数でも全国1位を記録する。
その後、コンサルタントとして独立。人の成長に寄り添うことをミッションに掲げ、2017年11月、女性の活躍を支援するレインボーアース株式会社を設立、代表取締役に就任。
「繋がる女性 輝く未来」をスローガンに、自分軸とビジネス脳を養い自立できる起業家を育成するほか、女性が輝ける場所づくりとして、レストラン経営にも力を入れている。
1980年生まれ。愛知県名古屋市在住。